この論考は、2019年6月に当時口腔・咽頭がん患者会とがん患者会「1・3・5の会」の2つの会の会長をしていた三木祥男ががん患者会を主催する仲間たち向けに著した論考をそのまま掲載したものです。

 現在も「がんサロン」と「がん患者会」の区別が明瞭ではなく、多くの混乱が見受けられる実情に鑑みて、あえてここに掲載するものです。


(論考)がんサロンとがん患者会


「がん(患者)サロン」と「がん患者会」に関する論考

 

1.はじめに

「がんサロン」と「がん患者会」の違いが分からないという声をよく耳にする。実際に他の「がんサロン」や「がん患者会」を見て回った人でないと,その違いをイメージすることが難しい。ましてや,後述するように「がん患者会」と称するには適さない団体も「がん患者会」を名乗ることがあるので,益々混乱する。

だから,「がんサロン」と「がん患者会」にかかわる問題になると,議論が混迷したり,空回りする。

両者の概念やイメージは確かにはっきりしていない。しかも社会学的に「がんサロン」と「がん患者会」の本質的違いを論考した研究も見当たらないから無理もないことである。

筆者は幾つもの病院のがんサロンとがん患者会を見て回り,また多くの関連文献を調査して来た。また自分自身14年間にわたり患者会を主宰して来たことで,自分なりにイメージを持っている。それをベースに議論を試みる。

 

2.国の法律や施策に見られる「がん患者・家族を支援する団体」の概念

国ががん患者の支援に係る団体をどのように認識しているのか,ということを見てみたい。

まず「がん対策基本法(2006年)には,明確な記述がない。

しかし2007年6月の「がん対策推進基本計画(第1期)」の第3章3節において,がん対策情報センター(その一部として,相談支援センター)の役割規程の中で,次の2つの記述が見られる。

1番目は,民間のがん患者会を思わせる記述である。「拠点病院においては,がん患者及びその家族に支援を行っているボランティア等の受入れを行うとともに,(中略)・・に努める」(P25)

2番目は,院内がんサロンを思わせる記述である。「がん患者や家族等が,心の悩みや体験等を語り合うことにより,不安が解消された,安心感につながったという例もあることから,こうした場を自主的に提供している活動を促進していくための検討を行う。」(P26)。院内がんサロンの薦めを述べている。

3番目は,第4章4節に記述されているもので,がん患者支援団体を思わせる記述である。「がん患者及び患者団体等は,(中略)医療政策決定の場に参画し,行政機関や医療従事者と協力しつつ,がん医療を変えるとの責任や自覚を持って活動していくこと」(P38)。

「改正がん対策基本法」(2016年)になって追加された第22条では「国及び地方公共団体は、民間の団体が行うがん患者の支援に関する活動、がん患者の団体が行う情報交換等の活動等を支援するため(以下略)」という表現で,「民間の団体」「がん患者の団体」という表現が使われている。これらは,がん患者会やがん患者支援団体を指していると思われ,いわゆる「がん患者団体」と総称されるものである。これらは民間の患者団体を指しており,医療従事者が主導する「院内がんサロン」とは違う。

第3期基本計画(2018年10月)では,第2章3節において,「同じような経験を持つ者による相談支援や情報提供及び患者同士の体験共有ができる場の存在は重要である」(P51)という記述があるが,その前後の文脈から,病院が主導するいわゆる「院内がんサロン」を念頭に置いた記述と思われる。

がん患者には,①身体的苦痛 ②精神的苦痛 ③社会的苦痛 ④スピリチュアルな苦痛の4つの苦痛があると言われ,"Total Pain"(全人的苦痛)と称されている1)

ところが,第3期基本計画では「サバイバーシップ支援」と言いながら,社会的苦痛(就労問題やアピアランス問題など)だけを取り上げ,もう一つの苦痛であるスピリチュアルな苦痛(希望や生き甲斐の喪失,死の不安など,生きる意味の喪失から生じる苦痛)を全く無視してしまった。

がん患者会の一番大きな役割・使命は,がんという困難に打ち勝って,自分らしい生き方を支援するところにある。つまりスピリチュアルな苦痛からの解放をお手伝いすることにあるのであるが,国の基本計画の中には,そうした認識や考え方が全く見られない。このように国の方針そのものが,がん患者会の本質的役割や使命をあいまいにしたまま,がん患者団体の様態だけを記述している。このことが,がん患者会に対する認識を混乱させる遠因となっている。たとえばマスメディアなどでは「がん患者支援団体」を「がん患者会」と混同しているケースが多々見受けられるが,筆者は両者をはっきりと区別している。

がん患者支援団体とは,がん患者の立場から医療政策を提言したり,医療情報等を提供したりする啓発活動が目的の民間の団体のことである。複数のがん患者団体で構成される連合体もがん患者支援団体の一つである。

がん患者会とは,がん患者が自分たちの悩みを解決することを目的とする団体(後述のセルフヘルプ・グループ)のことであり,啓発活動を目的とする団体ではない。混乱の原因の1つは,がん患者支援団体自身が「がん患者会」を自称するケースが多いことと,後述の「セルフヘルプ・グループ」という概念が一般に知られていないためである。

 

3.文献にみる「がんサロン」の定義

考察を進める前に,「がん(患者)サロン」という言葉は,日本独自の用語であって,世界に通用する用語ではないことを指摘しておきたい。

たとえば2600万件の医学論文を収納するPubMedという検索サイトで,cancer AND patient group(患者グループ,患者会)をキーワードにして検索すると3271件もヒットするのに,salonを追加すると,ゼロ件となる。Cancer AND patient(患者) AND salonで検索すると3件がヒットするが,そのうち2件は医学的内容に関するもので,我々が言う「サロン」に関する論文ではない。それに該当する文献は1件のみである。それは日本人の論文で,”outpatient salon for cancer patients”(外来患者サロン)という表現を使って,緩和ケアについて論じたものである2)。つまり「がん(患者)サロン」という用語は日本人以外使っていない日本独特のものであることが分かる。

我が国では,いつから「がんサロン」という言葉が使われ出したのかは分からないが,参考になる文献がある。

全国の中でがん対策への取組みが一番早かったのは島根県である。その島根県での「がんサロン」の取組みに関する報告3)がある。がんサロンには①院内サロンと②地域サロン(いわゆる民間のサロン)があると述べられ,①としては2006年の松江市立病院で最初のサロンが開設され,②としては2005年に島根県益田市内で全国に先駆けてサロンが生まれたことが記載されている。

島根県ではがん対策基本法(2006年)やがん対策推進基本計画(2007年)の少し前から「がんサロン」という言葉が使われていたことが分かる。「がん」が社会的に注目されてから,自然発生的に生まれて来たことが分かる。

我が国の論文,図書・雑誌などの学術情報の文献検索サイトのCiNiiで,「がんサロン」で検索すると43件がヒットし,一番古い文献は2008年のジャパンメディカルソサエティの雑誌記事4)である。

「がんサロン」という言葉が一般化したのは,平成25年(2013)厚労省委託事業の「がん総合相談に携わる者に対する研修プログラム策定事業」で制作された研修テキスト「がんサロン編」(日本対がん協会発行)の影響が大きい。このテキストでは,がんサロンを「がん患者やその家族などが集まり,交流や情報を交換する場」と定義している。それ以降の文献や国の報告書には,あたかも一般化された用語であるかのように,引用されるようになった。この定義からでは,がん患者会との違いは分からない。

これと似た意味であるが,「がん経験者同士の交流の場」5)という簡潔な表現も時々使われている。

国立がん研究センターがん対策情報センターが平成26年(2014)6月に発行した小冊子「がん専門相談員のためのがんサロンの設立と運営のヒント集」では,「がんサロンは、がんサバイバーの幅広い問題を扱い、同じ立場であるがんサバイバーが運営の主体となり、時に医療者が黒子として関わりながら運営されている、ささやかなサポート提供の場」と定義されている。筆者からみた注目点は,あくまでもがんサバイバーが主体であることと,時として黒子の形で医療者も関わることを明記している点である。

この定義に従うと,多くの病院の「院内がんサロン」は病院主導であるから,サロンと呼べなくなる。

このヒント集では,その意義を「がんサバイバー同士による体験の語りと傾聴から支え合いや互助・連帯の雰囲気が生まれ、たとえ問題は解決しなくても、孤立感が和らぎ、安心したり、希望が持てたり、勇気づけられたり、社会の中で生きているという実感が取り戻せたり、感情を表出して気持ちが整理できたりして、心が和み癒される体験が生まれる場である」としている。

その結果として,「将来への希望が湧いてきたり、目の前の困難や苦難を乗り越えたり、受け入れたりする力を与えられることがある」と述べている。つまり,将来への希望や生きる意欲などのスピリチュアルな面につながることを指摘している。これは,まさに後述のセルフヘルプ・グループの機能を指しており,「がんサロン」ではなく「がん患者会」そのものの定義となっている。

しかし多くの病院の「院内サロン」がヒント集に謳われているような機能を発揮できているかと問えば,目的はそうかも知れないが,実際はそうはなっていないのではないだろうか?大阪府内の院内サロンの実情を十数病院ヒアリングしたところでは,一般的に「互助・連帯の雰囲気」が感じられるような場になっていない。一部ではあるが,兵庫県や和歌山県の大手病院でヒアリングした結果も同様であった。この定義が実態とかけ離れていることを強く感じる。

このように権威ある国立がん研究センターの定義においても,本来「がん患者会」として定義されるべきものが「がんサロン」と定義されている。こうしたことが混迷に拍車をかけている。

以上から言えることは,我が国では「がんサロン」と「がん患者会」が同一視されているらしいということである。しかし院内サロンの実態をみる限り,本来のがん患者会のイメージとは明らかに違う。

一方,我が国における「がん患者会」の歴史は,前述の島根県の「がんサロン」に比べると古い。

大阪府でも30年以上前に設立された「のぞみの会」(大阪日赤病院内の乳がん患者会)や「大阪肝臓友の会」(民間の肝炎・肝臓がん患者の会)などがある。

なお,平成19年(2007)厚労省科学研究費補助金(がん臨床事業)研究報告書6)では,当時の国指定のがん診療拠点病院286病院を対象にアンケート調査を行っている。ここでは,がん患者に対するサポート形態を次の5種類に分類している。①グループ療法 ②個人カウンセリング ③ピアサポート ④セルフヘルプグループ ⑤患者会,の5つである。

現在の「がん患者会(自助グループ)」に相当するのは,③と④で,全体の19%であった。現在の「(院内)がんサロン」は⑤の「患者会」に分類されていて,28%を占めている。

 

4.世界で使われている「がん患者会」の概念

ところで,日本語の「がんサロン」と「がん患者会」に相当する特定の英単語はない。

Google翻訳で「がん患者会」を翻訳すると,cancer patient association(がん患者協

会)と翻訳される。

「がんサロン」をPubMedで調べると,日本人とスウェーデン人の論文があるが,英語圏

の人の論文はない。

文献検索サイトのGoogle ScholarPubMedを使って,「がん患者会」に近い英語を検索

した。

結果を下記した。数字はヒット件数である。(  )内はPubMedのヒット件数である。

cancer patient group 1580 (97)

cancer patient groups 1370 (75)

cancer patients group 1210 (63)

cancer self-help group 200 (6)

peer support groups for people with cancer 250

このようにみると,「がん患者会」に一番近い英語がcancer patient groupsであるようにみえるが,そうではない。google翻訳でcancer patient groupsを翻訳すると,「がん患者団体」である。「がん患者会」とは違う。

またcancer patient groupは、google翻訳では「がん患者グループ」と訳される。しかし論文の抄録を読んでみると,cancer patient groupと呼ばれているものの実態は単なるがん患者が集まっただけの集まり(集団)を意味している。日本語の「がん患者会」とは違う。

日本語で「~会,~団体」という時は,何か特定の目的をもって集まった集団を指している。明鏡国語辞典で「会」の意味を調べると「多くの人がある目的をもって集まること」と定義している。

日本語の「がん患者会」に一番近い言葉は,cancer self-help groupである。

face-to-face peer support groups for cancerと表現される場合もある。なお,単なるcancer support groupは専門家が介入してサポートをする場合の用語であり,「がん患者会」と違うものとなる。

そこで,cancer self-help groupの観点から,「がんサロン」と「がん患者会」の違いを考察したい。

 

5.セルフヘルプ・グループの概念から見た「がんサロン」と「がん患者会」

我が国では,「がんサロン」も「がん患者会」も「がん」という病気の患者の会と捉えられている。だから,「がん患者会」とは何かという時には,看護や緩和ケアという視点から,その援助機能や援助特性が論じられることが多い7-10)。しかし社会学的仕組みの視点から理解することも必要である。

ところが,「がんサロン」と「がん患者会」を社会学的視点から見て,その概念や本質が議論されることはほとんどなかった。こうしたことが,混迷の潜在的原因になっていると思われる。

社会学分野では,同じ悩みをもった人達が,その悩みから解放されることを願って自発的に集まったグループを「セルフヘルプ・グループ(Self Help Group:自助グループ)」と呼んでいる。略してSHGと呼ぶ。

SHG1935年に米国のアルコール依存症の人達が集まって匿名グループを結成したことから始まったと言われ,その後薬物・ギャンブルの依存症,摂食障害,慢性疾患,難病,不登校,引きこもりなど,いろいろな悩みのグループが世界中に広まった。

「がんサロン」や「がん患者会」は,がんという同じ病気の人達が悩みや苦しみから解放されることを願って集まったグループであるから,SHGの一つである。

これに対して,医療者や専門家が介入してサポートする場合は,「サポート・グループ

Support GroupSG)」と呼ばれ,区別されている11-12)

以下では,「がんサロン」と「がん患者会」をSHGの視点から,その切り分けを試みた

い。

SHGの理論的研究の歴史は古いが(例えばRiessman F(196513)),それらを理してその本質を要約したのが,我が国ではSHGの第一人者である岡知史(上智大学総合人間科学部社会福祉学科教授)である。

ここでは,岡の研究14)をベースに論じたい。

岡は単に同じ問題をもつ人が集まっただけではSHGと呼べないとして,構造的側面として「成り立ちの基本的要素」を取り上げた。それは自発性と「本人であること」の2つであるとした。(注:後者は当事者性と言われやすいが,たとえば薬害問題では,当事者は被害者だけでなく製薬会社も当事者なので,あえて「本人であること」としている。)

SHGとして成り立つためには,それが本人達によって自発的に運営されていることが条件となる。だから医療従事者が主導(介入)するものは,SHGとは呼ばず,「サポート・グループ」(略してSG)と呼んでいる。その観点からみると、院内サロンの多くは病院職員が主催しているので、SGに近いものとなっている。

この構造的な側面を満たした上で,機能的な側面である「働きの基本的要素」を取り上げ,

それらを満たすものを「SHG(セルフヘルプ・グループ)」と定義した。

「働きの基本的要素」として,「わかちあい」「ひとりだち」「ときはなち」の3つを挙げた。(注)岡は日本の文化と伝統の中で物事を理解するために,あえて和語を使用した15)

わかちあい」とは,「複数の人が情報や感情や考え方などを平等な関係の中で自発的に交換すること」と定義される。SHGの「わかちあい」の手段としては,おしゃべりだけでなく電話相談やSNSや会報などによる情報交換も含まれている。こうした相互的情報交換は,「ピアサポートpeer support)」と呼ばれている。

最近は「ピアサポート」の機能を単なる情報交換にのみ求めるのではなく,情報という観点だけではすくい切れない面を捉えるために,ナラティヴ・アプローチと呼ばれる手法が注目されている16)

ナラティヴ(narrative)」とは,事柄の経緯を表す物語のことである。複雑な心理的いきさつや人間の変化のプロセスに着目して,その物語やストーリーの中で理解して行こうという考え方に立脚している。相談相手や患者などを支援する際に、相手の語る「物語(ナラティヴ)」を通して、その人らしい解決法を見出していくアプローチ方法がナラティヴ・アプローチであるが,がん患者に関する研究17)もある。

ひとりだち」とは,「自分自身の問題を自分自身で管理・解決し,しかも社会に参加して行くことである。」と定義される。「ときはなち」とは,「自分自身の意識のレベルに内面化されてしまっている差別的・ 抑圧的構造を取り除き、自尊の感情を取り戻すことである」と定義される。

これらの意味を,問題意識を持ったがん患者の集まり(以下,「がん患者の会」と呼ぶ)という文脈の中で解釈すると,次のようになるであろう,

「がん患者の会」での「わかちあい」とは,「がんという同じ病気の人達が悩みや苦しみについて,平等な関係の中で,主におしゃべりを通して,生活の事や治療の事について自発的に情報交換して,自分の現状の困難を解決するヒントを得ること」と解釈できる。したがって,前述の「がんサロン」や「がん患者会」が「わかちあい」の要素をもった集団であることは容易に理解できる。これらの活動の中では,ナラティヴな情報交換も少なからず行われていることは,実際に経験した者にはよく分かる。

次に「がん患者の会」での「ときはなち」とは,「同病の仲間と交流することで,自分だけががん患者なのだという思い込みから生じる孤独感から解放されたり,医療者や専門家から色々な情報を得て,自分の病状の位置づけができて,現状を受容することができるようになったりして,意識の中に内在化されていた抑圧感や「がん」へのこだわりから解き放たれること」と解釈できる。解き放たれることによって自尊心が芽生える。

また会の役員などに就けば、ヘルパーセラピー原理13)(人を助ける人が一番助けられているという考え方)も働き自尊心も芽生える。

次に「がん患者の会」での「ひとりだち」とは,「がんの罹患によって生じた目の前の困難や苦難を自分の力で乗り越えて自分らしい生活や人生を取り戻し,社会に参加して行くこと」と解釈できる。

しかしそうなるためには,単に「わかちあい」の情報交換だけでは達成できない。仲間から「がんをどう乗り越えたのか,その生き様についての経過(物語)」を聴き,自分のそれと重ね合わせながら,改めて自分の残された人生の在り方を考えるヒントを得なければならない。

それには,相手から体験談のような形で「ナラティヴ(物語)」を語ってもらうことが効果的である。

がん経験者は罹患によって,生きる希望や意欲を失うというスピリチュアルな困難に出遭う17-19)。そのとき当事者に生きる力を与えるのが,同病者の生き様である。非常に重要な要素である。

この要素があるかないかで,「がんサロン」と「がん患者会」の違いが生じる。

「がんサロン」と「がん患者会」を切り分けるときの重要なポイントは,単なる「わかちあい」に重点を置く集まりか,そうではなくてSHGの働きや使命に重点を置く集まりかにある。

筆者は「わかちあい」だけでなく「ひとりだち」や「ときはなち」も目的とする会,つまりSHGとしての要素をすべて備えた会を「がん患者会」と呼び,「ひとりだち」や「ときはなち」よりも「わかちあい」を目的とする会を「がんサロン」と呼ぶことにしている。そうすると,それらの実態とよく符合する。

「がんサロン」というのは,「サロン」という言葉の響きからも分かるように,おしゃべりを主体とする「わかちあい」の場なのである。だから本来のSHGの一部の機能だけを担った集まりということになる。

具体的には体験談などを会のプログラムに取り入れているか否かが切り分ける目安になる。雲17)は,がん患者をナラティヴ・アプローチした研究の結論として「苦難の体験に意味を見出すよう援助することが重要である」と強調している。この点について影が薄いのが「がんサロン」である。

「がん患者会」に入会しなかったからと言って,同病者の物語に触れることができないわけではない。がん患者支援団体主催のがん体験者の体験談を聴く講演会もあるから,その気になれば他人の生き様を知る機会はある。しかしそうした場にも出かけずに,また「がん患者会」に行くこともなく,家でひとり悶々としているがん患者・がん経験者が多いのも事実である。むしろその方が多い。だから「がん患者会」に入会している方が同病者の物語に触れることが多い。

また「がんサロン」では,仲間の生き様に触れることが出来ないというわけではない。しかし短い時間の中では十分な話を聞けないことが多い。やはりある程度まとまった「ナラティヴ(物語)」の方が,効果が大きい。そうした場が会のプログラムに入っているような会が「がん患者会」だと思っている。プログラムではなく,会報のような形で提供されても構わない。

特に多くの「院内がんサロン」では,会の席上では仲間意識を持てても「会員意識」はない。会員制度をとっていないところが多いからである。だから会報を通じて,他者の体験談や「ナラティヴ(物語)」を知る機会が少ない。「サロン」という言葉がイメージさせるように,やはり「気軽に顔を出せるところであるが,一時的出会いの場」になりやすい。こうした点でも「がんサロン」と「がん患者会」に違いが現れる。

またがんにおいては常に再発・転移の不安が付きまとうので,自分の「がん」について知りたいという欲求は強い。だから「がんサロン」に併設されるミニレクチュアとか,がん患者会で行われる「勉強会」や医療機関が開催する「がん」の講演会(市民公開講座)が「ときはなち」に果たす役割は大きい。

「ときはなち」の要素のうち,医療情報に関しては「がん患者会」でないとできないというわけではない。「がんサロン」にでもミニレクチュアを併設することでカバーできるからである

岡は,「わかちあい」の目的は「ひとりだち」と「ときはなち」にあり,しかも「ひとりだち」と「ときはなち」の間には相互作用があると述べている20)

以上を要約すれば,「わかちあい」の要素が強い会が「がんサロン」であり,それだけではなく,「ひとりだち」や「ときはなち」の要素も強い会が「がん患者会」であると言える。

特に「がんサロン」では,「わかちあい」の目的である「ひとりだち」と「ときはなち」の機能が果たしにくい点を強調しておきたい。しかも病院が主導する「院内サロン」はSGの要素も併せ持っているので完全なSHGとは言えない。

どちらもセルフヘルプ・グループ(SHG)の1種ではあるが,その「働きの基本的要素」に強弱の違いがあり,本来のSHGの要素をすべて備えているものが「がん患者会」であると考えることが出来る。

よく見られるように,外形的条件や形態によって分類すると,複雑になり過ぎて,「がんサロン」と「がん患者会」を切り分けることが出来なくなるが,社会学的視点,つまりSHGという視点からその本質をみることで大別できる。

現実をみると,「がんサロン」は院内サロンであろうが,地域(民間)のがんサロンであろうが,大体 「わかちあい」に重点を置いているので,似たようなものである。しかし「がん患者会」を自称する団体の中には「わかちあい」の機能しかなく,SHGとは呼べないところも多い。こうしたことが「サロン」と「患者会」のイメージをあいまいにし,線引きの混迷を招いている原因になっているのである。

 

6.会員制がん患者会の強み

多くのがんサロン(特に病院が主催する院内サロン)では,会員制にしていない。会員管理が大変であることと,個人情報を扱いたくないという理由からである。

一方,がん患者会の場合は運営経費を徴収する必要性から会員制を取っているケースが多い。会員制であることの強みは,特定のがん種の人に同じ日に集まることを呼びかけすることが出来る点である。

特に希少がんの人は同じがん種の人に出会う機会がめったにない。このため,一度参加しても二度三度と参加する気にならなくなり,足が遠のく。しかし同じがん種の希少がんの人達に特定の日に集まることを呼びかけると,集まって来る。そのようなケースでは,仲間意識が強く醸成されて,自然発生的にグループが出来る。そうすることによって,「わかちあい」「ひとりだち」「ときはなち」の機能が発揮される。

また毎回開催通知を出すことが出来る。がん患者は高齢者が圧倒的に多いので,開催日を忘れてしまうことも多いので,開催通知は参加を促進するのに大きな効果がある。

がんサロンでは,多くの人が集まるのはクリスマス・パーティーなどの何かイベントが催される時が多く,普段の参加者数は数名程度に留まる。ところが会員制のがん患者会では,上記のような効果もあって,会員の参加頻度が高まる。一旦参加者が増えると,「行けば誰か(仲間)に会える」ということで,ますます参加者が増えて,20~30名くらいは集まるようになる。そうなると同じがん腫の人と出会う機会が増えるので,参加率は高くなる。こうした好循環を実現できる。

がん患者会ががんサロンに比べて発展性があるのは,会員制の強みを利かせることという点にある。その点で院内サロンのような形式の「がん患者同士の交流の場」だけでは,がん患者同士の交流の輪を広げることは難しい。やはりSHG型のがん患者会が普及することの方が望ましい。

 

 

引用文献

1)Saunders DC(ed): The management of terminal malignant discease, 2nd ed, 232-241, Edward Arnord, 1981

2Hirose Het alAiming at establishment of "palliative day care"--attempt at providing an outpatient salon for cancer patients in the Department of  Radiology,Radiation Medicine15(5)353-91997

3)正野良平:島根県における「がんサロン」の取り組み,京都女子大学生活福祉学科紀要,1021-252014

4)小川明:JMS Eye 草の根のがんサロンが島根で広がる--患者ら集い、悩み語り、励まし合う,ジャパンメディカルソサエティ, 14454-572008-12

5)厚労省:第37回がん対策推進協議会 資料6,がん患者のサポートプログラムに関するニーズ調査<中間報告>,平成25年(2013)1月18日

6)森さとこ,他:がん診療連携拠点病院におけるがん患者・家族のサポート体制に関する実態調査,緩和医学,112),141-1482009

7)溝口全子,他:医療施設内における乳がん患者会の存在と役割,広島大学保健学ジャーナル,31),46-542003

8)谷本千恵:セルフヘルプ・グループ(SHG)の概念と援助効果に関する文献検討―看護職はSHGとどう関わるか―,石川看護雑誌,1157-642004

9)黄正国,他:地域のがん患者会の援助機能に関する質的研究,広島大学心理学研究,11249-2582011

10)黄正国,他:地域のがん患者会参加者における会の援助機能評価とベネフィット・ファインディングおよびメンタルヘルスとの関連,広島大学大学院教育学研究科紀要,3(62),105-1142013

11)高橋都:がん患者とセルフヘルプ・グループ,ターミナルケア,135),357-3602003

12)高橋育代,他:がん体験者のQOLに対する自助グループの情緒的サポート効果,日本がん患者学会誌,181),14-242004

13)Riessman F,,The "helper "therapy principle,Social Work10,27-32,1965

14)岡知史:セルフヘルプグループの援助特性について,上智大学文学部社会福祉研究,平成7年度報,3-211994

15)岡知史:日本のセルフヘルプグループの基本的要素「まじわり」「ひとりだち」「ときはなち」,社会福祉学,33(2),平成4年版(2008

16)伊藤智樹編著,ピア・サポートの社会学,晃洋書房,2015

17)雲かおり,他:肝臓がん患者の苦難の体験とその意味付けに関する研究,川崎医療福祉学会誌,121),91-1012002

18)今泉郷子,他:入退院を繰り返しながら化学療法を受ける胃がん患者の遭遇する問題を乗り越える体験としてのプロセス,日本がん看護学会誌,131),53-641999

19)稲垣順子,他:長期間苦悩状態を体験している喉摘出術後患者のパターン認識の過程,日本がん看護学会誌,141),25-352000

20)岡知史(2007)『セルフヘルプグループ:「わかちあい」をする組織としての考察:全言連研修会記録』

http://pweb,sophia,ac,jp/oka/papers/2007/zengenren/zengenren,html#2

 

21)近藤まゆみ/嶺岸秀子編著:がんサバイバーシップ,医歯薬出版(株),2009